人気ドラマシリーズ「名探偵ポワロ」。
現在、BS11で全話再放送中です。
そして、このドラマシリーズで、25年間ずっと、
ポワロ役を務めていた俳優、
デビッド・スーシエ。
その著書、
「ポワロと私 デビッド・スーシエ自伝」を、
読んでみました。
帯の紹介文は、推理作家の有栖川有栖さん。
スーシエの俳優魂に触れ、
名作ドラマの舞台裏を知るうちにーーーー
ポワロの回想録を読んでいる気分になった。
買う前から、「これ絶対面白い!」
と思っていましたが、
帯を読んで、さらに期待しました。
25年間も、どうやってモチベーションを保てたのか?
役作りの苦労とは?
役をオファーされた時のエピソードは?
好きな作品は?
ポワロに聞くわけにはいきませんが、
代わりにデビッド・スーシエに、
いろいろ聞いてみたいと思いました。
読み終わった今、
本当に、読んでよかったと思っています。
本当に、ポワロの自伝のようでした。
ポワロファンなら誰しも持っている、
「生身のポワロに会いたい」という願いが、
叶ったような気持ちです。
あなたも、ポワロに会ってみませんか?
(かなりの長文です!)
1、ドラマ版「名探偵ポワロ」の制作秘話?!書籍「ポワロと私 デビッド・スーシエ自伝」の感想文。ポワロのオファーがあった日
19787年の秋、TVプロデューサーの、
ブライアン・イーストマンと、インド料理を食べに出た
デビッド・スーシエは、青ざめました。
なぜかというと、
「アガサ・クリスティの作品はよく読んだかい?」
と聞かれたからです。
その時点では、デビッドは、
一冊もクリスティを読んだことは
ありませんでした。
正直にそういうと、さらに、
「ポワロの映画は見たかい?」
と聞かれます。
デビッドは、
「エッジウエア卿殺人事件で、
ピーター・ユスチノフと共演したよ。
ジャップ警部をやったんだ。」
と答えました。
(筆者註:
この映画で、ポワロを演じたユスチノフは、
身長182cmの巨漢。
実際のポワロは163cm程度)
そして、
ピーター・ユスチノフが、デビッドに、
「君ならポワロを演じられるよ。
きっとはまり役だ」
と言ってくれたことを
思い出していましたが、、、、
ブライアンは、
ロンドンのITVに、
ポワロの新しいドラマ・シリーズを提案した。
向こうも乗り気だ。
短編から、ドラマを10篇作ろう
ということになったと。
そして、ブライアンは、(デビッド曰く)
「とんでもないこと」を言い出しました。
「それでぜひ君にポワロを演じてもらいたくて」
と言われ、デビッドは固まったそうです。
「本を何冊か送るから考えてみて」と言われ、
その日はそこまでになりました。
インド料理を食べながらの
会話だったようですが、
「びっくり仰天した」ようです。
カレーの味など
わからなかったのではないでしょうか。
なぜ、びっくり仰天したかというと、
デビッドは自分のことを
「シリアスなシェイクスピア俳優で、邪悪な行為に絶えずつきまとわれる、呪われた者ばかりを演じてきた」
と思っており、
「潔癖症の禿げかかった探偵を演じるなんて」
考えも及ばなかったようです。
ポワロの存在自体は知っていたし、
ポワロの映画の出演経験もあった。
でも、TVシリーズ10話連続、
主役で出演というオファーは
初めてだったのでしょう。
しかも、一冊も読んでいないのに。
にも関わらず、「君にぜひ」と、
何のためらいもなく言われたら、
動揺しますね。
「自分の立場と合わない仕事」を
「急にオファーされて」、
仕事を受ける前提で
「考えてみて」と言われてしまった。
「はて、どうしたものか?」と
悩んでしまったことでしょう。
すぐに返事ができなかったのも、うなずけます。
結局、送られてきた小説を
何冊か読むうちに、
「自分ならスクリーンで本当のポワロに命を吹き込むことができる、視聴者がこれまで見たことがないポワロを演じることができると確信できるようになった」
、、、、というわけで、
ブライアン・イーストマンに、
「オファーを受ける」と電話をしました。
「君が第一候補だったからね。
引き受けてくれて嬉しいよ」と言われ、
話が決まりました。
記念すべき、ポワロ誕生の第一歩です。
2、ドラマ版「名探偵ポワロ」の制作秘話?!書籍「ポワロと私 デビッド・スーシエ自伝」の感想文。ポワロになるための役作り
そして、ここから、
デビッド・スーシエの役作りが始まります。
「真摯」というより、
私は、「壮絶」と感じました。
まず、ポワロの小説を全て集め、
ベッドの脇に積み上げます。
、、、、「積み上げる」??
積み上がるというのは、相当な量です。
ドラマ化された小説は70篇、
されていなかったものは
数篇だけということでした。
全てが長編ではありませんから、
70冊ということはないでしょうが、
それにしたって20冊は超えるでしょう。
大変な量です。
そして、デビッドはそれを全て読むのです。
その間に、映画に出演するために、
シリー諸島へ10週間のロケに行きます。
「大きな役ではなかった」
と言っていますが、
もちろんその映画の役作りをし、
セリフも覚えなくてはなりませんよね。
ロケの旅支度もあるでしょう。
「暇で、本だけ読んでいればよい」
という状態では、ないわけです。
これだけでも大変なことで、
自分だったら、とても無理です。
しかし、デビッドは、
「忙しいロンドンから離れ、
さらにポワロ本を読み込むチャンス」
と考えました。
ここまでで、
6ヶ月ほどかかっています。
そして、ノートに、
ポワロの特徴や癖を書き出していきます。
デビッドはこれを、「特徴調書」と呼び、
最終的には5ページ、
93項目にもなりました。
デビッドは、この一覧を持ち歩き、
撮影の監督や、スタッフにも
渡していたそうです。
巻末に一覧があったので、見てみました。
どれも皆、ドラマの中のポワロの特徴を、
懐かしく思い出せるものでした。
重要なのは、幸運にも自分が演じることになったキャラクターであり、私の仕事はそのキャラクターの真実を引き出し、作者が求める姿を演じることだ。
キャラクターに命を吹き込むこと、
リアリティーのある存在にすること、
それこそが自分の求めるものだと、
さらにポワロを追求していきます。
私が本当にすごいと思ったのは、
この後です。
「ポワロがフランス人だと思われる唯一の理由は、彼の訛りだ」
「でも彼はベルギー人で、フランス語を話すベルギー人は、普通はフランス人には聞こえない」
「ベルギー風の訛りがあるポワロの英語」に
リアリティーを持たせようと、
「声色」でなく、
話し方、訛りを表現しようと試みます。
デビッドは、
いろいろな声で話してみる実験を
始めたそうです。
しかし、なかなか、しっくりきません。
さらに、
ポワロの声の役作りをするために、
BBCから、
ベルギー・ワロン語や
ベルギー・フランス語の
ラジオの録音テープを取り寄せます。
さらに、ベルギーの英語放送、
フランスの英語放送のテープも手に入れ、
「ポワロにリアリティのある声を与える」ために、
何時間もテープに耳を傾けます。
数週間後、デビッドは、
ついにポワロの声を掴めたような気がしてきます。
声を自分の体に置き直し、
胸から頭に移動させ、
少し潔癖に聞こえるように、
甲高くしてみたり、、、、
そしてやっと、
生身のポワロならこんな声だろう、
と思える声を掴みます。
「それは彼の小説を読んだ時、私の頭の中で聞こえた男の声でもある」
というところまで到達します。
見た目はなんとか作れるけれど、
声や話し方は、重要なのに、
本人がなんとかするしかない、、、、。
イメージ通りの声が出来上がった時、
かなり嬉しかったはずです。
ポワロという人を表現するために、
小説の中の登場人物に、
「命を吹き込み、人格や声を与え、
リアリーティーのある存在にする」ために、
ここまで努力しているのです。
TVで見ていた、チャーミングな紳士、
「灰色の脳細胞」の探偵は、
こんなすごい努力の上に、表現されていたのですね。
読めば読むほど、感動しています。
このほかにも、
ポワロの独特の歩き方を表現するために、
「お尻にコインを挟んで、
何時間も歩く練習をする」
もやっています。
一体、どれだけの役者さんが、
ここまで努力できるでしょうか?
この、真摯な取り組み方、
時間とエネルギーのかけ方。
1シリーズ10話で、
終わるかもしれなかったドラマのために、
こんなに努力できるなんて。
私は感動しましたし、
この壮絶とも言える努力が、
「まるで原作から飛び出してきたようだ」
という高評価の要因であることは、
間違いないでしょう。
そして、それが、
ドラマ「名探偵ポワロ」が
25年続いた秘訣だろうと、
私は信じて疑いません。
(もちろん、
プロデューサーや監督さん、
裏方さんなど、
スタッフの腕や努力もあるでしょうけれど。)
そして、
ポワロの外見や仕草にも妥協はなく、
衣装係が持ってきた衣装を、
ポワロに似つかわしくないと思えば
「これを着るつもりはない」
と言ってしまいます。
ポワロが、ベンチに
ハンカチを敷いてから座ったかどうかで、
撮影監督と言い合いになって
撮影が止まったり。
細かいところにも、
「まあいいか」と譲ったりせず、
絶対に妥協しなかったのですね。
そして、
ポワロの太った体型になるために、
たくさんのパッドを入れていたのですが、
これは暑かったようです。
エジプトロケに行ったときは、
暑すぎて体調が悪くなり、
倒れてしまったのだとか。
役のためとはいえ、
俳優さんとは大変な職業なのだなーと、
改めて思います。
とにかく、
「作者の求める姿を演じること」に、
真摯になり、
自分が「正しいと思うポワロ」について、
決して譲らなかったようです。
でも、そのこだわりが、
「次のシリーズの出演もお願いします」と、
依頼が来続けることに繋がったのでしょうね。
3、ドラマ版「名探偵ポワロ」の制作秘話?!書籍「ポワロと私 デビッド・スーシエ自伝」の感想文。ポワロを支える人たち
ドラマ版「名探偵ポワロ」で、
ポワロの共演者たちといえば、
・相棒兼助手、
アーサー・ヘイスティングス大尉
(ヒュー・フレイザー)
・秘書、
ミス・フェリシティ・レモン
(ポーリン・モーラン)
・ジェームス・ハロルド・ジャップ警部
(フィリップ・ジャクソン)
この三人が、主なキャラクターでしょう。
ドラマの撮影が始まる2~3週間前、
デビッドは、昼食に招かれます。
招いてくれたのは、
アガサ・クリスティの一人娘、
ロザリンド・ヒックスと、
その夫アンソニーでした。
そして、そこでは、
「これだけは忘れないでほしい。
私たち視聴者は、ポワロと一緒に微笑むのであって、
決してポワロを笑ってはならない」
と、言われたそうです。
アガサ・クリスティーの親族から、
「ポワロを笑い物にしないでくれ」
と言われたこと。
このことは、役作りの上で、
大きな影響を及ぼしているはずです。
実際、デビッドが、兄のジョンに、
「ポワロのオファーが来ている」と
話した時のこと。
ジョンに、「私ならごめんだ。
だってポワロはちょっとした笑い物だし、道化だよ」
と言われてしまいます。
そうです。
「ベルギー人の小男が、
何をやっても笑われるドラマ、
舞台上のコントみたいなドラマ」
ではダメなのです。
リアリティーのある、
「名探偵ポワロ」のドラマとは、
その知能で事件解決をするドラマ。
楽しくはあっても、
「ポワロに品格を持たせ、
人間性のあるドラマ」にしてほしい
という要望だったでしょう。
そして、
デビッドや、出演者たちは、
それを忠実に守ります。
品格を失うことなく、演じていました。
お笑い要素なし、秘書とのお色気シーンもなし。
ヘイスティングスは、利口ではなくても、
普通の男の代表という立場を守り、
「お笑いのツッコミ役」にはなっていません。
ジャップ警部も同様で、
「真面目で堅物」に演じられました。
能無しではないのです。
そして、ミス・レモンはといえば、
ポワロとどんなに親しくなっても、
軽薄な態度をとりません。
この、品の良さもまた、
ドラマが長続きした要因ではないかと
思っています。
お笑い要素があると、
謎解きへの注意が逸れるし、
お色気シーンも、
少なくとも「名探偵ポワロ」には、不要でした。
(ドラマスタッフが変わってから、
登場人物の性的シーンが
入っていたことがあって、驚きました。)
ミステリを楽しめるよう、
ドラマを作っていた、
俳優さんやスタッフさんたちに感謝です。
また、長年、
ポワロの代役を務めた俳優さん。
毎日、撮影スタジオに通う時の
タクシー運転手さんなどについても
触れています。
代役さんは、10年以上も、
ポワロの顔に不要な影が落ちないように、
テストでカメラの前に立ってくれました。
運転手さんは、
撮影がある日は、
毎日運転してくれました。
デビッドは、タクシーの中で
セリフの練習をしていたので、
運転手さんは、次第にポワロの役を
理解するようになったそうです。
そして、
「ポワロはそんなこと言わないのじゃないかな」
などというようになったとか、、、、。
その、ポワロへの理解の深さを買われて、
(かどうかはわかりませんが)
この運転手さん、
「葬儀を終えて」のドラマで、
ポワロの運転手役として、
スクリーンデビューしたそうです。
楽しいエピソードですね。
これらの、
陰で支えてくれる人たちにも、
デビッド・スーシエは、
感謝を述べています。
当たり前だと思ったりせず、
みんなの支えがあったからと
感謝できるのは、
デビッドが素晴らしい人柄だからなのでしょう。
4、ドラマ版「名探偵ポワロ」の制作秘話?!書籍「ポワロと私 デビッド・スーシエ自伝」の感想文。まとめ
長くなりそうなので、一旦まとめます。
この記事では、
ドラマ版「名探偵ポワロ」シリーズで、
25年間主役を務めてきた、
デビッド・スーシエの自伝
「ポワロと私」
を読んだ感想を、
役作りの凄さを中心に書いてみました。
真摯というより、
壮絶ともいうべき
こだわりとエネルギーで、
ポワロの役作りをした
デビッド・スーシエ。
その、
絶対に妥協を許さない姿勢には
頭が下がります。
これだけの熱量で役作りをしたから、
25年、ドラマが続いたし、
25年、ずっと主役でいられたのだと思います。
そして、ドラマ版「名探偵ポワロ」が、
世界中で愛されるようになったのも、
完璧な役作りのおかげなのでしょうね。
俳優さんの役にかける思いに、
ただただ感動していました。
ここに書ききれなかった、
「カーテン ポワロ最後の事件」の
撮影現場のことなども、
また別記事で書く予定です。
ではまた!
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