1995年、34歳のコリン・ファースは、BBC制作のテレビドラマ『高慢と偏見』でキャリアの転機を迎えました。
このドラマは放送時間中に街から人がいなくなったと言われるほどイギリス中を熱狂させ、
最終回の視聴率は人口の約40%に達しました(Wikipedia「高慢と偏見(テレビドラマ)」より)。
原作はジェーン・オースティンの同名小説で、
「高慢」なダーシーと「偏見」に満ちたエリザベスが、互いを理解することで自分自身も変えていく物語です。
葛藤を抱えた若き貴族を、コリン・ファースが、表情、間、抑制の効いた演技でどう表現しているのか?
その葛藤の原因にもなっている、19世紀の社会情勢、結婚事情とは?など、
30年経った今も色褪せない、この作品の魅力を紐解いていきます。
コリン・ファース『高慢と偏見』若い頃の名演と、ドラマがもたらした衝撃
大人気ドラマで訪れた転機
「高慢と偏見」は、1995年放送の、英国の大人気ドラマです。
ダーシー役をコリン・ファース、エリザベス・ベネット役をジェニファー・イーリーが演じました。(Wikipedia「高慢と偏見(テレビドラマ)」より)
コリン・ファースは、このダーシー役によって、予期せずスターダムを駆け上がることになりました。
Wikipedia「高慢と偏見(テレビドラマ)」によれば、
ファースはセックスシンボルとして認識されることをそれほど気にかけなかったものの、
永遠に『高慢と偏見』と結びつけられたくはないという気持ちを表明しており、
似たような役柄は受けたがらなくなったとされています。
英国の俳優さんは、長く演じ続けることを目指す方が多いようで、「役柄が決まってしまう」ことを嫌う傾向にあると感じます。
人気シリーズ終了後は、正反対の役柄を引き受けたりする方もいらっしゃいますね。
しかし、この作品での演技が彼のキャリアに与えた影響は計り知れず、
その後『イングリッシュ・ペイシェント』(1996)、『恋に落ちたシェイクスピア』(1998)、
そして2010年には『英国王のスピーチ』でアカデミー主演男優賞を受賞するに至りました。
いずれも、内的葛藤がある男性の繊細さを描いた作品であり、「こういう役を、視線、間、で演じられるコリン・ファース」に、オファーは多く集まりそうですね。
ドラマ放送時間には人がいなくなる?
BBC版『高慢と偏見』は、1995年9月24日から10月29日にかけてBBC Oneで放送された全6話のテレビドラマです。
監督はサイモン・ラングトン、脚本はアンドルー・デイヴィスが担当し、
各話55分という長さで原作を丁寧に描いたこの作品は、イギリスで空前の社会現象となりました。
放送当時、本国イギリスでは通りから人がいなくなると言われるほどの大人気を博し、
各エピソードの視聴者数は1000万人から1100万人に達しました。
最終回に至ってはイギリス人口の約40%が視聴するという驚異的な数字を記録しています(Wikipedia「高慢と偏見(テレビドラマ)」より)。
アメリカでもA&E Networkで1996年1月に放送され、2話ずつ3夜連続で放映されました。
また、「高慢と偏見」は、俳優陣、番組、衣装部門、脚本部門など、多数の部門での受賞があります。(Wikipedia「高慢と偏見(テレビドラマ)」より)。
コリン・ファース『高慢と偏見』で描かれる19世紀初頭の結婚事情を知る
物語の舞台となる19世紀初頭のイギリスでは、結婚は女性にとって生死を分ける選択でした。
Wikipedia「高慢と偏見」によれば、
この時代、女性たちは自分で職を持つことが難しく、良い結婚相手を見つけることが人生の大きな目標とされていました。
実際、作中でもベネット夫人が娘たちの玉の輿を必死に狙う姿が印象的に描かれています。
特に重要なのが限嗣相続制度です。
この制度は、財産は長男にのみ相続されるというもので、娘たちには相続権がありませんでした。
ベネット家には5人の娘がいますが、長男がいないため、
父親ベネット氏の死後は、親戚の牧師ウィリアム・コリンズ氏が家と財産を相続することになっていました。
つまり、結婚しなければ、娘たちは、父の死後は住む家すら失う危機に直面するのです。
ベネット夫人が娘たちを金持ちと結婚させようと躍起になる理由は、こうした切迫した状況にありました。
また、結婚には女性側が持参金を用意する制度もあり、資産のない娘は良縁に恵まれにくいという現実がありました。
階級社会も厳格で、身分違いの結婚は周囲から強く反対されるのが常でした。
Wikipedia「高慢と偏見」によれば、主人公のフィッツウィリアム・ダーシーは容姿・資産ともに優れており、年収1万ポンドという莫大な財産を持つ大資産家でした。
この1万ポンドは現在の価格で約1億円に相当し、当時のイギリスで上位300~400世帯に入る富豪の収入です。
こうした時代背景の中で、エリザベスが最初のプロポーズでダーシーを断った選択は極めて革命的でした。
彼女はダーシーの財産や地位ではなく、「相手の言葉の端々に表れる格下の家柄への高慢な態度」と、
姉ジェインやウィカムへの対応を理由に、断ってしまうのです。
どんなに裕福でも、人間的に信用できない相手との結婚を拒否したエリザベスの判断基準は、愛と尊敬でした。
これは当時の女性としては異例の勇気であり、作品が現代まで支持される理由の一つとなっています。
コリン・ファース『高慢と偏見』家政婦の言葉が覆した”真実”
私が最も印象深く感じたのは、エリザベスがダーシーの屋敷ペンバリーを訪れるシーンです。
エリザベスは善良な叔父・叔母のガーディナー夫妻に誘われて旅行へ出かけ、その旅程にはダーシーの領地ペンバリーも含まれていました。
罪のない彼を侮辱した負い目から、主人不在という話を信じてお屋敷見学を承諾します。
ペンバリーの敷地内に入り、お屋敷が見えると、エリザベスは息を呑みます。
叔父は、馬車を止め、エリザベスがゆっくり屋敷を眺める時間を作ります。
叔母が、「このお屋敷の女主人になれるなら、なんでもするわね」というと、
エリザベスは「こんなに美しいお屋敷は初めて」と、喜び、感動の混じった表情で、池のほとりのお屋敷をじっと眺めるのです。
当時、こうした富豪の館は公開されており、いつでも見学客を受け付けて家政婦が案内していたそうです。
ペンバリーでは、長年勤める女中頭のレイノルズ夫人がエリザベス一行を案内しました。
レイノルズ夫人はダーシーについて、熱心にその長所を並べ立てます。
「あの方は最高の地主さま、そして最高のご主人さまでございます」と語り、
「あの方のことを良く言わない借地人や召使など、一人もおりません」と証言しました。
さらに「高慢だと申す者もおりますが、わたくしはそのように思ったことは一度もありません。
わたくしからするとそれはただ、ご主人さまはほかの若者のようにぺらぺらお喋りなさらないからです」と、ダーシーを擁護したのです。
この証言を聞いたエリザベスの驚きは想像に難くありません。
彼女が「高慢で傲慢な男」と決めつけていたダーシーが、実は使用人や借地人から深く慕われていたのです。
レイノルズ夫人の言葉には嘘がありませんでした。身内びいきの可能性を考慮しても、これほど絶賛する様子は本物でした。
この瞬間、エリザベスは自分の「偏見」に気づき始めました。
相手を本当に理解していなかったこと、第一印象と噂だけで判断していたこと、そして自分自身の見る目の未熟さを認識したのです。
このシーンは、物語全体のテーマである「高慢と偏見」を象徴する重要な転換点となっています。
エリザベスは、姉妹の中でも、落ち着いて理知的な性格です。そのエリザベスでさえも、偏見を持たないと言うことは、難しかったのですね。
そうすると、突然すぎたとはいえ、ダーシーのプロポーズをはねつけたという選択に、後悔が生まれるのでは、、、と思う視聴者もいるのではないでしょうか?
ペンバリー訪問は、この先の展開が楽しみになる、大切な場面でした。
コリン・ファース『高慢と偏見』英国紳士の高潔さを体現した演技力
ダーシーの真の人柄が最も際立つのは、エリザベスにプロポーズを断られた後の行動です。
物語の終盤、エリザベスの妹リディアが青年士官ウィカムと駆け落ちする事件が起こります。
ウィカムは「ダーシーの亡父の被保護者だった過去があり、相続するはずだった遺産をダーシーに奪われた」とエリザベスに語っていた人物で、
実際にはダーシーから金銭を騙し取ろうとした詐欺師でした。
当時、未婚女性が男性と駆け落ちすることは、家族全員の評判を地に落とす大スキャンダル。
家名を汚す娘の行為に、母のベネット夫人は寝込んでしまいます。
ウィカムは高額の持参金と月々の生活費を要求しており、すぐに父のベネット氏と、叔父のガーディナー氏が探しに出かけていきました。
そして驚くべきことに、ダーシーはエリザベスから拒絶されたにもかかわらず、リディアとウィカムの二人を探し出し、
ウィカムに金銭を渡して結婚させることで、ベネット家の名誉を守ったのです。
そして、「こうなったのは自分の責任だ」と考え、それを黙っていました。
エリザベスにアピールしたかったら、遠回しにでも伝わるよう画策しただろうと思いますが、そうはしなかったのです。
このことだけでも、ダーシーの誠実さ、人格者であることが理解できます。
私が特に心を打たれたのは、BBC版ドラマでの馬車の中でのコリン・ファースの演技でした。
「なんとかしなくては」というセリフは一切ありません。
しかし彼の表情だけで、エリザベスへの変わらぬ愛情と、彼女の家族を救おうとする固い決意が痛いほど伝わってきました。
この無言の演技にこそ、誠実、献身という、ダーシーの本質が凝縮されています。
彼は愛想が良いわけではなく、社交的でもありません。しかし義理堅く、愛する人を守るために、見返りを求めず最善を尽くす真の紳士なのです。
コリン・ファースはセリフに頼らず、表情と眼差しだけでこの複雑な人物像を見事に表現しました。
Wikipedia「高慢と偏見(テレビドラマ)」によれば、このドラマで脚本家アンドルー・デイヴィスは「エリザベスのみならずダーシーにもスポットを当てた」とあります。
原作では描かれなかった「男性たちが趣味的な交際をする場面」なども挿入され、ダーシーの人間らしさを表現する工夫がなされました。
ペンバリーを訪ねたガーディナー氏を、ダーシーが、湖での釣りに誘う場面などはいい例でしょう。
(身分が低いはずの叔父に)丁寧に挨拶した後、「釣りはいかがですか?道具はお貸ししますよ」と誘い、待たせてあった馬車に、「湖へ行くぞ」と、すぐに声をかけます。
愛想の良い笑顔ではないけれど、態度で、「歓迎します、ぜひご一緒に」と思っていることがわかる一幕でした。
この時、エリザベスは、怪訝そうな表情で、ダーシーをチラチラ見ています。
そして、叔母は、「あれが高慢なダーシーさん?愛想が良くて威張った感じがないわ」と言います。
エリザベスは「私も驚いたの。まるで別人のようで」と、ダーシーを見直した様子が描かれていました。
コリン・ファースの演技力の高さが、こうした脚本の意図を余すところなく表現し、30年経った今もこの作品が愛され続ける理由の一つとなっているのだと感じています。
コリン・ファース『高慢と偏見』散歩で迎えた感動のハッピーエンド
すべての誤解が解け、ダーシーとエリザベスは散歩の途中で再び向き合います。
ダーシーは不安げに、しかし真摯に尋ねます。「あの時(プロポーズを断った時)と同じ気持ちですか?」
この控えめな問いかけに、ダーシーの成長が凝縮されています。
最初のプロポーズでは高慢だった彼が、今度は謙虚に彼女の気持ちを確かめます。
エリザベスも自分の偏見を認め、「(あの時は嫌いだと言ったけれど)、変わりました。今は正反対ですわ」と答えるのです。
この瞬間のダーシーは、きらりと目が輝き、少し落ち着きがなくなります。
「本当か?」と、飛び上がりたいくらい喜んでいるように見えました。しかし、貴族ゆえ、感情を爆発させず、なんとか自分を抑えます。
そして、「愛するエリザベス」と、大切な言葉はきちんと伝えます。
二人は相手を知ることで、自分自身への理解も深めていきました。
物語のラストは、結婚式のシーン、二人のキスで締め括られます。
コリン・ファース『高慢と偏見』若い頃の名演|無言の演技に見る英国紳士の真髄 まとめ
Wikipedia「高慢と偏見」によれば、この作品は「誤解と偏見から起こる恋のすれ違いを描いたジェーン・オースティン原作の傑作ラブストーリー」です。
この物語が現代でも支持される理由は、「偏見を捨てて相手を理解する」という普遍的なテーマにあります。
一度の視聴でも、その魅力は十分に伝わってきました。
若き日のコリン・ファースの演技は、セリフ以上に多くを語っていました。まだご覧になっていない方には、ぜひこの名作を体験していただきたいと思います。
コリン・ファースの演技力については、こちらの記事にまとめています。
▶︎コリン・ファースの若い頃はなぜ色褪せない? 『高慢と偏見』から『英国王のスピーチ』へと続く演技の系譜



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